Watch and track your favorite playlist.
Curated by: 純福音浜松教会 (162 videos)
マタイの福音書 12:1-8 「安息日の主」 1) イエス様と法 (マタイ 12:1) そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。 (マタイ 12:2) すると、パリサイ人たちがそれを見つけて、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」 (マタイ 12:3) しかし、イエスは言われた。「ダビデとその連れの者たちが、ひもじかったときに、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。 (1サムエル 21:6) そこで祭司は彼に聖別されたパンを与えた。そこには、その日、あたたかいパンと置きかえられて、主の前から取り下げられた供えのパンしかなかったからである。 2) 宮より大きな者 (マタイ 12:4) 神の家に入って、祭司のほかは自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べました。 (マタイ 12:5) また、 安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神を冒しても罪になないということを、 律法で読んだことはないのですか。 (マタイ 12:6) あなたがたに言いますが、 ここに宮より大きな者がいるのです。 (マタイ 12:7) 「わたしはあわれみは好むが、 いけにえは好まない」 ということがどういう意味かを知っ ていたら、 あなたがたは、 罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。 3)安息日の主 (マタイ 12:8) 人の子は安息日の主です。 結論 (ローマ 12:1-2) そういうわけですから、 兄弟たち。 私は、 神のあわれみのゆえに、 あなたがたにお願いし ます。 あなたがたのからだを、 神に受け入れられる、 聖い、 生きた供え物としてささげな さい。 それこそ、 あなたがたの霊的な礼拝です。 この世と調子を合わせてはいけません。 いや、 むしろ、 神のみこころは何か、 すなわち、 何が良いことで、 神に受け入れられ、 完全であるのかをわきまえ知るために、 心の一新に よって自分を変えなさい。 ※献金 : 宣教後援 静岡銀行(0149) 成子支店(363) 普通0565632 ファン マンヨン